フロリダの陽光に包まれた大地、セントオーガスティン。
その土壌が育んだ特別な唐辛子、ダチルペッパー。
数世紀にわたる歴史と独自の辛さが、この宝石のようなペッパーを生み出しました。
ダチルペッパーの旅に付き合い、その起源から辛味と甘味が交じり合うユニークな世界へ足を踏み入れましょう。
【要約】
- 18世紀後半、メノルカ島からセントオーガスティンにもたらされる可能性。
- スコヴィル値100,000~300,000で、ハバネロの辛さを持つ。
- セントオーガスティンで米国で初めて営利目的で栽培された唐辛子。
ダチルペッパー(Datil Pepper )とは?
ダチルペッパーは18世紀後半にメノルカ島の労働者によって持ち込まれたとする説や、1880年頃にゼリー製造業者によってキューバからもたらされたとする説があります。
トウガラシ属に属し、主にセントオーガスティンで生産・栽培される唐辛子で、成熟すると3~4cmの金色がかったオレンジ色。
3グラムの重さで、辛味と甘味が絶妙に調和した特徴的な味わい。
名前の「ダチル」は、ナツメヤシの形状に由来し、スペイン語とカタルーニャ語でナツメヤシを指す言葉です。
辛さ(スコヴィル値)
ダチルペッパーの辛さは、ハバネロペッパーと同様でスコヴィル値が100,000~300,000の範囲にあります。
約5か月で成熟し、植物は最大で約45cmまで成長します。
色は緑、黄色、オレンジの中間です。
ダチルペッパーは、ハラペーニョの約12倍の辛さを持ち、ハバネロと似た特徴を持ちながらも、より長くて細く、甘さがあります。
ダチルペッパーの起源
ダチルペッパーの起源は1763年、アンドリュー・ターンブルがメノルカ島からセント オーガスティンに労働者を連れてくる始まりです。
フロリダのニュー スマーナでの生活は厳しく、セント・オーガスティンに避難しました。
ダチルペッパーはメノルカ島経由で運ばれた可能性があり、トウガラシは奴隷マンディンゴを通じてもたらされたとも言われます。
他にも、西インド諸島からの船取引やアフリカ人奴隷の影響がダチルペッパーの栽培に関与した可能性も考えられます。
アメリカで初めてビジネス目的で栽培された唐辛子
ダチルペッパーはセントオーガスティンに渡り、米国で初めて営利目的で栽培されたトウガラシ。
通常はフロリダ北東部の家庭で栽培され、商業的には入手が難しいが、地元の農家やインターネットで手に入ります。
家族は少量ずつ栽培し、地元の飲食店や企業で使用します。
収穫は完熟前に行われ、青い時期に購入がおすすめ。
種子の発芽には10~20日かかり、冬の後半に室内で植え、暖かくなると屋外に移植可能。
種子は成熟したペッパーから抽出し、乾燥させて保存します。
害虫としてコショウゾウムシが発生しやすい。
アメリカ園芸科学協会の研究によると、黄色段階で収穫されたダティルペッパーが市場性が高く、最適な収穫段階は黄色で、品質低下前に2°Cで21日間保存可能。
料理によく使われる品種にはワンダ、センセーション、テラ タイムがあります。
祭りが開催されるほど人気な唐辛子
ダチルペッパーの人気により、セントジョンズ郡委員会が10月の第1土曜日を「ダチルペッパーの日」として宣言しました。
ダチルペッパーは「セントジョンズ郡の公式植物」にも指定され、郡は秋の初めにダティルペッパーフォールフェスティバルを開催し、この公式植物を祝います。
毎年10月にセントオーガスティンで開催され、2019年10月5日には第12回のフェスティバルが行われました。
【まとめ】
- 18世紀後半、メノルカ島からセントオーガスティンにもたらされる可能性。
- スコヴィル値100,000~300,000で、ハバネロの辛さを持つ。
- セントオーガスティンで米国で初めて営利目的で栽培された唐辛子。
「ダチルペッパー」はフロリダの宝石。
スコヴィル値が高く、独特の風味で食卓を彩る。歴史は深く、ターンブルからアフリカへ、西インド諸島を経てセントオーガスティンへ。
地元の家庭で栽培され、辛味と甘味が絶妙な味わい。
祭りも開かれ、セントジョンズ郡の公式植物。
保存技術の研究も進み、料理に活用される品種が人気。
ダチルペッパーの日が設けられるほどの存在感。独自の辛味を楽しみ、セントオーガスティンの料理文化を彩る一角となっている。
【脚注】
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